第2回 遺言ツアー同行記

2010年2月26日〜28日 有馬温泉 メープル有馬にて

 降りしきる雨の中、「第2回遺言ツアー」は幕を開けた。今回の参加者は、親子で参加された87歳の男性Tさんを筆頭に、足が不自由にも関わらず東京から合流した64歳の女性Yさん、資産はなくても、働く障害者たちの生活を守りたいと云う作業所創設者の女性Sさん、そして1回目のツアーから引き続いての参加となった67歳の男性Hさんだ。 

今回も個性豊かな4人の参加者たちが集った有馬温泉の宿「メープル有馬」。ツアーのスタートには不似合いな雨が、激しさを増して降り続く……。

 「財産はないの」きっぱりと言い切るSさん。彼女には知的障害を持つ三女がいる。作業所では個性的な障害者アートを発表し、彼らの作品は評価が高く、すでに商品化が実現している。「作業所で働く障害者たちの作品を守りたくて、第三者に乱用されないよう保護したいの」穏やかな表情だが眼差しは熱い。「遺言を書くって人生のステップ。書いたから終わりじゃないし、更新できるでしょ」と、目を輝かせる。「今回は法的な遺言書は必要ないかもしれないけど、今後はね……」事業拡大の夢がある彼女。10年後には夢を実現させる自信があると言う。「だから、今できる範囲の遺言を書けばいいし、財産が増える度に新たに書き加える。そのほうが励みになるし、目標達成までに必要な事柄が見えてくるから必ず実現できるはず」言葉の奥には、彼女の確固たる意志が覗えた。最終日、法的な遺言書では障害者たちの作品を知的財産として遺し、家族への労いの言葉を手紙に綴った。自分と向き合ったことで、変化があったという。「今の作業所があるのは家族のおかげ。それに、三女のお世話で上の子どもたちには母親の愛情を十分に注げなかった……」反省はしても悔やまない。その分、今後の接し方で愛情を注いでいきたい。前向きな笑顔がそう語っていた。「それにね、10年後の目標達成のためにやるべきことがたくさん出てきたの!」忙しなく有馬をあとにした彼女の後ろ姿は、10年後の明るい未来を約束しているかのように弾んで見えた。

 「微々たる財産だけど、相続させたくない姉妹がいてね」東京から参加したYさんは、足が少し不自由で車椅子を押しての参加だった。「気持ち? そんな曖昧なものより、法的な遺言が書ければ十分」“気持ち”など必要ないという厳しい口調だ。某大手銀行を定年まで勤め上げた職業婦人の彼女は独身で、両親はすでに他界している。このまま遺言を書かずにいると、彼女の財産はすべて姉妹へ等分に行き渡ってしまう。「私は5人姉妹の真ん中。上2人の姉たちは問題ないけど、下の妹たちには一切財産を相続させたくない」と言い切る。両親の介護や諸々の仕事を女手ひとつで引き受けてきた彼女だけに、きっと溜飲を下げられない事情があるのだろう。個別面談で行政書士や心理カウンセラーから相続人排除(被相続人の意志で推定相続人から相続権を排除する制度)はトラブルの原因になるからと、幾度も考え直すようにアドバイスされても、首を縦に振らない。彼女の頑なな気持ちを反映するかのように、降りしきる雨は面談室の窓を叩く。しかし、最終日に書きあげた彼女の遺言には変化があった。「最初はね、法的な遺言が書ければ十分だったの。でも、先生方からアドバイスされた“気持ち”の部分、つまり過去を振り返ってみたのよ……」ハキハキとした口調がしだいに穏やかになってゆく。「思い出したの、姪っ子たちのこと。私が介護で困っていたとき、何度か手伝ってくれてね。慣れない手つきでシーツ交換をしてくれたり……」彼女の遺言書には希望通り“妹たちには財産を相続させない”と記されていたが、新たに妹たちの娘、つまり姪っ子たちには相続を遺贈させるという一文が追加された。「渋々だったけど、過去を振り返って自分の気持ちを確かめての決断だから、悔いはないわね」穏やかに晴れ渡った最終日の有馬の空は、彼女の心の内にあった氷を溶かしたのだろうか。

 「遺言は90歳になったら書くつもりやったんや!」と、豪快に笑うTさん。元警察官だった彼は、闊達で頭の回転が早く、今なお健脚だ。奥様は他界して、現在はひとり暮らし。元気の源はAV鑑賞という、エネルギッシュな男性だ。「元気や言うても、父さんはもうエエ年。この機会に遺言書いとき!」長女に促され、「そやな」と親子での参加となった。「しかし、実際に書いてみると、エライ難しいなぁ」そう言いつつ「アッハハハ!」と、すぐさま豪快に笑う。資産家の彼には、今回ご同行された長女と東京で暮らす長男がいる。そして、4人の孫たち。「孫は可愛い子ばかりや。怪我で入院した時、よう看病してくれてな……。孫たちに1000万ずつ遺したる」「父さん、それはあげすぎや!」と、すかさず長女のツッコミが入る。娘とは親しい彼だが、しかし長年、寂しい思いを抱えていた。「東京に住む長男のことが気がかりでな……」大学進学とともに上京した長男とは、年に数回しか会えない。遺言を書く途中で、長男と会う時間を増やす方が先決だと強く望んだ。「せやないと、独りよがりな遺言になってまいそうやし、せがれと旨い酒でも飲み交わしたいしな」結局、今回は正式な遺言書を完成させるまでには至らなかったが、子どもや孫に宛てた手紙を綴った。「遺言を書くって、ホンマに難しい。あっちを立てたら、こっちが立たん。しかし、僕は今でも現役やから、毎日、立つで」「父さん!」と周囲の笑いをなおも誘いながら、娘との掛け合いは続く。「今回は遺言を書くエエきっかけになりました。予定変更で、90歳までに納得がいく遺言を書こうと思ってます。サンキュウベリィマッチ!」3日間、どんな時も飾らず大らかで、参加者にもスタッフにもテレビクルーにも、たくさんの笑いとパワーを与えてくれたTさん。彼の姿に人生のダンディズムを見せてもらった。

 一方、第1回目の遺言ツアーから続けて参加されたHさん。財産はなくても、過去に6億円の財産を築きあげた秘伝のラーメンスープ。そのレシピを知的財産として遺言にしたためたのは、つい3ヵ月前のこと。それなのになぜ? そんな疑問を抱かせた彼の参加だった。「じつは、ガンが再発してね……」昨夏、5回の摘出手術の後、ガン細胞は消え、順調な日々を送っていたのも束の間、ツアー後すぐの再発だった。「正直、ものすごく落ち込んだ。遺言も書いたから、もうエエわって自暴自棄にもなったんや。でもな……」せっかく書いた遺言だったが、一度きりの人生。何度も読み返しているうちに、子どもたちに託したラーメンスープを元に自分自身で店を立ち上げたくなったと言う。「だって、遺言は更新できる。僕の人生やもん。好きなラーメンに打ち込むうちにガンも吹っ飛ぶような気がして。そう思ったら善は急げや」そんな折り、第2回遺言ツアーの開催を知り、内容を更新するなら今だと参加を決めた。現在はガンと闘う一方、新たな店舗の土地探しなどで忙しい日々を送っている。「結果なんて関係ない。与えられた人生をどう生きたか。これに尽きると思ってます。結果的に、子どもたちには迷惑をかけることになるかもしれん。それに、もう一度、財産を築けるかどうかはわかりません」一度、遺言を書いたことで、関係が希薄だった子どもたちとの時間が増えた。そして、幾度となく、子どもたちに自分の夢を語ったという。「ラーメンに懸ける想いはだれにも負けません。僕が生きた証。僕にとって偽りのない遺言です」そう言い切ったHさんの一語一句を、私は鮮明に覚えている。


“遺言を書く”という共通の目的はあれ、参加者の数だけ悲喜こもごものドラマがあった第2回遺言ツアー。“遺言”とは、これからの自分の生き方に選択肢を与え、どの道を選択しても正解で、それこそが人生なのかもしれない。ツアーのスタートには不似合いだった雨は、参加者たちの人生に春の訪れを予感させる恵みの雨だったに違いない。最終日の有馬の空には、見事な晴天が広がっていた。

文責/プレス・サリサリコーポレーション 松原宏子
【テレビ朝日 スーパーモーニング 3月4日放送】
【TBS イブニングワイド 3月4日放送】
【NHK あさイチ 4月15日放送】

◆ ツアー参加費 126,000円の内訳 ◆
 ・ 2泊3日の宿泊費及び食費(朝食2回・昼食2回・夕食2回)
 ・ 各専門家(行政書士・心理カウンセラー・税理士・文章のプロ)への指導費用
 ・ セミナー受講費用
 ・ 遺言書作成のための用紙ほか、≪遺言ツアーキット≫(遺言書作成に必要な資料一式)

  ※ツアー後、公正証書遺言を作成する場合の費用は含まれません。

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