関西人間図鑑  【第24回  

 >2>
 

生きている証
 小学生の頃、当時は高価でなかなか持てないジャバラのカメラを父に買ってもらった。
「なんで買ってもらったんか覚えてないんやけど。それからやね、カメラが好きになったのは」
 中学校の先生が持っていた外国製カメラの格好良さもあって、どんどん夢中になっていった。大学卒業後には『神戸リコークラブ』というカメラクラブを立ち上げた。
「ちょうどカメラブームが巻き起こっていたころやったから、そりゃあ人が集まったよ」
 活動は全国規模の広がりをみせ、月刊誌『カメラの友』を発行。そのころから人を撮ることが好きになった。
「写真は、人間が写ってないと意味がない。風景写真でも、人間が生きてる証拠がないと写真ちゃうんや」
 いつしかそう思うようになった。そして1992年、神戸の長田区に写真スタジオを開いた。


 


≪分類≫
写真目 
人物科

≪生息地≫
神戸市長田区

≪年齢≫
75歳


≪分布≫
若松町周辺

≪活動時間≫
9時半〜18時半

≪好物≫
カメラ(スウェーデンハッセルブラッド、コンタックス、ライカ)

≪相棒≫
カメラ

≪天敵≫
ナシ

 
取材・文/大久保由紀  写真/小島 義秀